ヒット商品から見る顧客インサイト

ヒット商品から見る顧客インサイト

企業が商品・サービスを開発する際には、消費者の無意識の中にある「インサイト」を捉えて、マーケティング戦略を検討していくことが重要です。しかし、「インサイト」は消費者自身も気づいていない意識の中にあるとされ、インサイトの発掘は簡単なことではありません。この記事では顧客インサイトを得る方法やヒット商品を事例に顧客インサイトについて解説します。

顧客インサイトとは

顧客インサイトとは、消費者行動の中で、その本人も意識していないその人の意識や行動、動機を指します。顧客が何気なく店に入って手に取った商品を購入した場合にも、そこには意識していない本音や潜在ニーズが隠れています。この潜在ニーズ、顧客インサイトは、商品・サービスを提供する企業にとって、顧客の購買欲求を深く理解するために欠かせないものです。
現代社会ではあらゆる市場で成熟化が進んでおり、どの市場においても飽和状態になりつつあります。技術の進歩によって相場のお金を出すことで高品質の商品・サービスが手に入る時代になり、消費者は同じカテゴリーの商品・サービスにおいて複数の選択肢の中からより自分に合うものを選べるようになりました。一方で、企業にとってはモノが売れない時代になっています。複数の選択肢から消費者に選ばれる商品・サービスになるためには、顧客の本音や行動を理解し、より精度の高い顧客インサイトを獲得する必要があります。成熟化した市場においても成長を続ける企業であるために顧客インサイトを取り入れたマーケティング戦略を実行していく重要度が高くなっています。

ニーズとのちがい

「インサイト」と「ニーズ」は、消費者の求めているものという意味合いでは近いものだと思います。しかしながら、それらには違いがあるため、マーケティング戦略を考える際はこの違いを把握する必要があります。

ニーズには顕在ニーズと潜在ニーズがあります。顕在ニーズとは、ユーザーの意識下にある欲求のことです。顕在ニーズは消費者自身が自覚している欲求なので、その欲求を満たせるような購買行動をします。たとえば、健康を意識して自転車を購入し、電車通勤から自転車通勤に切り替える人がいたとします。この際「健康になりたい」という欲求は消費者自身が意識していることなので、顕在ニーズとなり明確な願望です。
潜在ニーズとは、ユーザーの意識下にない欲求のことです。顕在ニーズと比べ消費者は潜在ニーズを自覚していないので、商品・サービスを提供する企業はこの潜在ニーズを理解し、発掘する必要があります。先ほどの例であれば、「健康になりたい」から自転車通勤に切り替えるという顕在化しているニーズの根底にある動機が潜在ニーズにあたります。健康になりたいという欲求とは別に無意識に「電車通勤の人混みに疲れたので自転車通勤をしたい」「外気を浴びてリフレッシュしたい」という心の健康に関する欲求を抱いていた場合、これらが潜在ニーズになります。この潜在ニーズは消費者自身が自覚している場合とまったく自覚がなく本人も顕在ニーズにしか気づいていない場合があります。
マーケティングの世界では、インサイトは潜在ニーズを同義に捉えられることがあります。しかし本人の自覚の有無に関わらず、なんらかのニーズが発生している時点で厳密的にはインサイトとは言えません。そのため、本人が自覚している顕在ニーズ、自覚のないことの多い潜在ニーズどちらにおいてもインサイトとは言えないのです。先ほどの例を掘り下げるのであれば「健康になりたい」というのが顕在ニーズ、「心身ともに健康になりたい」という気持ちが潜在ニーズ、その前の段階にあるものがインサイトということになります。

顧客の声を得るためには

顧客インサイトを得るためには、顧客の現状を深く理解したうえで、多角的視点で物事を洞察することが大切です。この現状の把握と多角的視点はどのように捉えればよいのかを紹介します。

定量調査と定性調査の両方を活用する

顧客の現状を深く理解するには、定量調査と定性調査の両方を用いることが重要です。量や確率といった数値データから調査・分析し、顧客の全体像を把握するには定量調査だけで十分ですが、顧客インサイトでは消費者の行動や表情など、数値データでは把握することができない要素から「なぜかこの商品を購入したいと思ったのか」といった動機づけや、顧客自身も自覚していない潜在的な欲求などを把握する必要があります。そのため定性的なデータも合わせて情報収集し、相互分析をすることが大切です。
まず、定量調査において、アンケート調査やネットリサーチを利用し、認知度や顧客満足度、リピート率といった数値データから現状の傾向把握や課題について整理します。その後で、インタビューや行動観察を通じて、定性データで顧客をより深堀りしていきます。

多角的な視点で分析を行う

ネガティブをポジティブに変換する

メリット・デメリットがあるように、何事にもポジティブな面とネガティブな面を持ち合わせています。顧客インサイトでは、ネガティブな面から顧客インサイトを見つけ、ブランディングや商品開発に生かす方法があります。

ビューティブランドのプロモーションは容姿が整ったモデルや女優などの起用がほとんどであり、美しさの象徴として映し出されてきました。しかし、パーソナル・ケア商品を展開するDoveが行った調査で明らかになったのは、自分を美しいと思っている女性はたった2%に過ぎず、日本人は0%ということです。このネガティブな結果を受け、世の中の女性とブランドのプロモーションには乖離があるのではないかと考えました。そこでDoveは一般の女性も起用することで「美しさはすべての人のものであり、みんな違ってみんな良い」ことを訴えかけるブランディングに方向転換をしました。ネガティブな面からインサイトを捉えて、ポジティブなメッセージに転換したこのブランディングの変更には、多くの女性がDoveを身近に感じ、大きな反響がありました。

矛盾を探る

消費者の購買行動や調査の中に潜む矛盾から人々が真に求めている欲求が隠れている場合があります。その矛盾から新しい顧客インサイトが見つかり、ヒット商品を生み出す例もあります。

マクドナルドは業績低迷期に回復させるヒントを得るため、様々なマーケティング調査を行っていました。その中で、消費者に対して「どんなメニューが欲しいか」調査を行ったところ「サラダなどのヘルシーなメニュー欲しい」など低カロリーやヘルシーといった健康志向の回答が多く集まりました。同社はこの結果をもとに「サラダマック」を開発しましたが、売り上げはさほど伸びず不振に終わりました。この結果から、顧客の表面的なニーズと実際の購買行動(顧客インサイト)は異なることがわかりました。顧客の表面的なニーズは「健康志向」ですが、実際に結果として出た売上から見えてくる顧客インサイトは「もっとハンバーガーが食べたい」でした。のちに、健康志向で食生活に気を遣っている人ほど、衝動的に食べ応えのあるハンバーガーが食べたいのではないかというインサイトをもとに開発した「メガマック」や「クォーターパウンダー」は大ヒットとなり、V字回復を果たしました。

ヒット商品から見る顧客インサイトの事例

日清食品:カップヌードルリッチ

日清食品の主力商品であるカップヌードルは、1971年に世界初のカップラーメンとして誕生し、2016年に45周年を迎えました。若年層である20代~30代に人気のイメージが強い商品ですが、60歳を越えたあたりで購入率が低下することが日清食品の抱える大きな課題でした。そこで同社では、カップヌードルが販売された当時20代でカップヌードルを食べていた現在のシニア層にもまた食べてもらえるように新商品の開発に乗り出しました。
同社では当初、健康志向を意識したカロリーオフや減塩などを打ち出し商品開発をしていましたが、それほど手に取ってもらえることはなく、シニア層の調査から単にシニア層といってもさまざまな志向を持っていることがわかりました。そこで、消費行動が活発でSNSも使いこなす「アクティブシニア」に着目しました。アクティブシニアがSNSに投稿する内容は食事の写真を見たら意外と自由に好きなものを食べていました。その調査からは、シニア層が健康に気遣っていることは確かだが、食事に対して美味しさや質の良さを諦めたくないということがわかりました。
それを受けて開発されたのが、美味しさやプレミア感を追求しつつ健康要素も取り入れた「カップヌードル リッチ」です。「贅沢とろみフカヒレスープ味」や「贅沢だしスッポンスープ味」の2品を販売し、販売価格は100円代が通常価格の中、200円を超える価格設定で挑みました。消費者の反応は狙い通り、味に対する評価が高く、多くの方が価格以上の価値を商品に見出すことができた結果になりました。同商品のターゲットである60歳以上の購入層に加え、50代にもヒットし、発売7ヵ月で1,400万食を達成しました。2019年にはリニューアル発売をして幅広い年代に愛される商品となりました。食品の本物を知っているシニア層に響くよう「リッチ」という言葉を商品名に加え、年齢の先入観に捉われずにインサイトを発掘したことがヒットの成功につながったといえます。

大戸屋:2階以上の店舗

大戸屋ホールディングスが運営する「大戸屋ごはん処」は1階ではなくビルの2階以上や地下に位置していることが多い飲食店です。一般的に飲食店はファミリーレストランのように独立した店舗を設けるなど1階に位置しているほうが集客率は高まるとされている中、飲食店として異例の立地を選ぶ背景には、主要ターゲット層である男性客だけではなく女性客を取り込みたいという同社のマーケティング戦略があります。
今では、老若男女問わず愛され、手軽な価格で美味しく栄養バランスの良い食事を取ることのできる定食屋というイメージが強いですが、大戸屋ごはん処を展開し始めた当時(1990年代)の定食屋に対するイメージは「食べ盛りの男性客がたくさん食べるために行く」というイメージが強くありました。そのため女性は定食を食べたいという欲求があったとしても定食屋には入りづらい雰囲気があり女性客の集客に苦戦をしていました。商品メニューに女性に視点を当てたレディースセットなどを出せば、女性客でも来店しやすい環境が作れるのではという考えもありました。しかし、同社の調査により発見したインサイトは「定食屋で食事をしている際に外から周りに見られたくない」というものであり「女性が食べやすいメニュー開発」では、女性の真のニーズを捉えることはできないという結論に至りました。

そこで、現在のようにビルの2階以上や地下に店舗を構え、女性が一人で来店する際にも外から周りに見られることのない環境を作りました。女性客のインサイトを捉えた店舗設計により、多くの女性客を呼び込むことに成功しました。男性が多い場所に女性客を呼び込みたい場合、一般的には女性限定の割引やレディースセットといった商品メニューを考案する企業が多く見受けられますが、同社では顧客インサイトに着目して新たな客層取り込むことに成功しました。

パナソニック(旧:ナショナル):食器洗い乾燥機

家電メーカーのパナソニック(旧:ナショナル)の食器洗い乾燥機は、洗濯機よりも人気が出るほどヒットし、2003年に売上のピークを迎えました。しかし、2003年を境に売上は徐々に低迷し、その後、ドラム式洗濯機や薄型テレビ、サイクロン掃除機など最新家電が次々と登場したこともあり、食器洗い乾燥機の市場自体が縮小していきました。
そこで同社では、食器洗い乾燥機のニーズが高いとされていた子育て層の主婦をターゲットに販売戦略の再構築を開始しました。再構築に向けて調査を進めていくと、競合他社を含めた食器洗い乾燥機の主な打ち出しは、「家事がラクになる」という文脈のものでした。しかし、この訴求は本当に正しいのかを検証したいと考えた同社は、子育て層の潜在的なニーズを探るために、主婦の日常生活を徹底調査してターゲットの顧客インサイトを探りました。その結果、子育て層には「子育てをしっかりやることが愛情表現である」という潜在意識があり、「家事がラクになることは子育てに手を抜いている」と見られるのではないか、と考えていることがわかりました。子育てをしている主婦層には、育児や家事の負担を家電で解消することに罪悪感があり、それが食器洗い乾燥機への購入に歯止めをかけていたというインサイトを発見することができました。
この結果から食器洗い乾燥機がもたらす価値の訴求を大きく変更し、「家事をラクにする家電」から「子どもと一緒にいられる時間を長くする家電」へブランディングの変換を図りました。子供との時間を大切にするための食器洗い乾燥機といったプロモーションによりターゲットの罪悪感を取り除き、顧客インサイトを発掘しました。その結果、競合他社が市場から撤退する市場の中で売上を回復することに成功しました。

まとめ

マーケティングにおいて飽和した市場から打破しヒット商品を生み出すには、顧客インサイトを探ることが必須です。顧客インサイトは、消費者の深層心理を可視化し、企業にとって有益な情報を与えてくれます。市場が成熟化している現代では、移り変わる市場の流れや消費者の心理を常にキャッチアップし、商品・サービスに適合していくことが求められています。

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