企業のあり方を伝えるクリエイティブ

企業のあり方を伝えるクリエイティブ

現代は技術進歩によって商品・サービスに差異がなくなりモノが売れにくい時代といわれています。消費者の課題を解決できる商品・サービスを提供しなければいけない中、クリエイティブの重要性が高まっています。この記事では、企業におけるクリエイティブのあり方やデザイン経営について紹介します。

企業におけるクリエイティブとは

企業のブランディングに関わる全てのデザイン

企業におけるクリエイティブは、企業のブランディングに関わる“全てのデザイン”を指し、ブランディングデザインともいわれています。コーポレートロゴや、イメージカラー、Webサイトのデザインをはじめ、オフィスの空間設計やパーパス、ミッション、ビジョン、バリューなどの概念まで含まれます。

クリエイティブの役割

クリエイティブの役割は、企業や商品・サービスといったブランドの想いや存在意義を視覚的に伝え、企業の価値を向上させることです。クリエイティブはロゴやカラーなどに限らずパーパスなどの概念にも一貫性をもたせストーリー性があるかどうかが重要です。ブランディングの記事でもお伝えしましたが、企業のブランディングに重要なクリエイティブは、表面的に見た目を変えることではありません。たとえば、商品のコンセプトは従来のままでロゴのみ刷新したとしても、ブランドコンセプトと統一したストーリーや実態がなければブランドらしさが伝わらず、ターゲットの共感を得ることができません。本来あるべき姿は、企業理念を掲げ、その理念に一貫性のあるブランドコンセプトやそれに紐づく企業としての活動実態全般及びにクリエイティブです。具像化されているクリエイティブは、企業概念、商品・サービスのアイデンティティの世界観から出来上がるものです。そのためにはまず、企業としてどうありたいかを「社会に与えたい影響力」や「価値提供」といった要素から考えます。その上で、その概念に基づいた事業やストーリー性のあるデザインに紡いでいきます。ブランディング強化を図っていく際には、「3C分析」や「SWOT分析」を用いて、自社を取り巻く市場の状況や強み、弱みから戦略を考えていくことになるため、クリエイティブは一種のマーケティング戦略でもあります。
世界最大の検索エンジンを提供するGoogleや、世界販売台数2年連続で世界首位のTOYOTAのパーパスを見ると、事業を通じてパーパスを体現していることがわかります。
・Google
『世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスして使えるようにすること』
・TOYOTA
『未来のモビリティ社会をリードする』

経営とクリエイティブの融合

ここ数年、アメリカで大手のコンサルティング会社がデザインのノウハウを持つクリエイティブエージェンシーを買収するなど世界で「デザインと経営の融合」というテーマに注目が集まっています。この章では、国をあげて取り組んでいる「デザイン経営」をもとにクリエイティブの重要性について紹介します。

「デザイン経営」という考え方

近年、世界規模で企業の価値を見出すクリエイティブへの重要性が話題となり、「デザイン経営」という言葉が誕生しました。日本では、経済産業省・特許庁が世界における日本の産業競争力の低下を打開するためデザインの重要性を見直して経営に活用していくための提言として2018年に「デザイン経営宣言」を発表しました。この宣言によって、日本においても企業における経営課題や成長鈍化の打開策としてのクリエイティブが話題となりました。

「デザイン経営」とは、デザインの力をイノベーション創出に役立てる経営手法です。「デザイン」を重要な経営資源として活用することで、企業のブランドイメージを構築し、イノベーションを起こそうという考え方です。これからの企業経営において、市場や時代の変化に対して新たな価値を生み出していくためには、創造性が必要です。ブランディングにおいては社内外へ一貫したメッセージ性が必要となり、受け手目線での企業づくりや商品開発、宣伝を実現していかなければなりません。そうした視点をもって自社の価値や役割を再定義し、新たな提供価値を創造していくことが必要です。
現代の日本は、労働人口の減少が続き、労働市場は超売り手市場になりつつあります。ビジネスにおいても国内の市場はどの業界でも飽和状態にあります。このような社会全体の変化は企業に直結するものです。モノづくりに長けた日本製は依然として人気がありますが、海外製品の品質が向上している最近では、大きくシェアを奪われているという現実もあります。そのような状況の中、商品・サービスの質に加えて、顧客体験の質やブランドの価値が、ビジネスの成功に影響を与えています。
デザイン経営の最大の目的であるイノベーション創出は、新しい技術を生み出すだけではなく、顧客目線の発想で新しい価値を見出すことにあり、デザインが融合することで実現できることです。

デザイン経営の実践方法

経営にデザインの力を取り入れ成功している企業には「デザイン責任者が経営チームに属していること」「事業戦略の構想段階から市場展開に至るまで、企業のあらゆる機能にデザインが関与していること」の2点の共通点があることがわかっています。そのことから「デザイン経営宣言」では、デザイン経営に取り組むためにはこの2点がデザイン経営の必須条件としています。

必須条件
・経営チームにデザイン責任者がいること
・事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること

具体的な取り組み
「デザイン経営」の具体的なプロセスでは、以下の1〜7の取り組みをベースに一体的に実践していくことが効果的だと定義しています。

1.デザイン責任者が、経営チームへ参画する
CDO (Chief Design Officer) や CCO (Chief Creative Officer) を設置し、デザインに長けた人材を経営陣にアサインします。デザイン領域にあまり知見がない経営陣のリテラシーを高める効果も期待することができます。社内で人的リソースがない場合は、外部人材の起用も検討に入れましょう。

2.事業戦略・製品・サービス開発の最上流から参加する
事業戦略の構想段階からデザイナーが参加することで、デザインを軸とした課題解決やユーザーのニーズを満たすプロダクトづくりを行います。

3.「デザイン経営」の推進組織の設置
経営に近い位置にデザイン部門を設置し、デザインに対する社内規定やリテラシー向上の取り組みを推進します。

4.デザイン手法による顧客の潜在ニーズの発見
ユーザー調査を用いて潜在ニーズを発見し、デザイナーのUI設計に役立てます。スケッチやディスカッションからアイディアを描き潜在ニーズを具体化します。

5.アジャイル型開発プロセスの実施
観察・仮説構築・試作・再仮説構築を繰り返し行うことでプロダクトの質を向上させます。

6.デザイン人材の採用と育成の強化
デザイナーの採用・教育はもちろんのこと、エンジニア、マーケティング、営業など事業に関わる全ての人材に向けてデザインのナレッジを共有します。

「デザイン経営」の施策の一つとして、「高度デザイン人材の育成」があげられています。高度デザイン人材とは、「経済のグローバル化や情報通信技術の急速な進歩のもとで必要不可欠なあるべき未来を構想し事業課題を創造的に解決する人材」と定義され、デザイン(D)のスキルと、ビジネス(B)、テクノロジー(T)の3要素のスキルを持ち合わせた人材を指します。この3要素が連動することでイノベーションが生まれるとされているため、この3つの領域を横断したスキルを持ち合わせたBTD型の人材を育成することが欠かせないとされています。


(図:経済産業省『第1回 高度デザイン人材育成研究会』より)

BTD型の具体的な人材像には以下のようなデザイナーがあげられます。

1.サービスデザイナー
サービスデザイナーとは、商品・サービスのユーザー体験を実現するためにデザインを担当します。ユーザー目線のデザインを用いて、顧客獲得やサービスの成長を目指します。サービスデザイナーに求められるスキルとしては、UXデザインの知識、ユーザーインサイトの発掘などのマーケティング視点です。

2.ビジネスデザイナー
ビジネスデザイナーとは、デザイン視点から出たアイディアを事業化する人材です。事業価値と顧客価値をどのように両立させるために、デザインだけではなくビジネスのトレンドを理解していく必要があります。

3.ビジョンデザイナー
ビジョンデザイナーとは、将来を見据えて新規事業を生み出す人材です。世の中の流れや社会問題をキャッチアップし既存の常識にとらわれないアイディアの考案や、新しい市場を切り開くスキルを求められます。

4.デザインストラテジスト
デザインストラテジストとは、デザインをもって事業課題を解決し、事業成長を生み出す人材です。他のデザイナーと比べ、事業戦略に関わることが多く、より経営目線が求められるポジションです。

5.デザインマネージャー
デザインマネージャーとは、デザイン人材が活躍できるデザイン組織の最適化をリードしていく人材です。事業課題に加え、人材課題にも取り組むマネジメントスキルが求められます。

7.デザインの結果指標・プロセス指標の設計を工夫
指標作成の難しいデザインについても、観察可能で⻑期的な企業価値を向上させるための指標策定を試みる。

デザイン経営で活用するフレームワーク

「デザイン経営」を進めていくには、デザインプロセスを考える際に用いられるフレームワーク「ダブルダイヤモンド・モデル」が有効です。ダブルダイヤモンド・モデルとは
2005年にイギリス政府のデザイン機関であるデザインカウンシルによって提唱されたフレームワークです。「正しい課題を発見する」「正しい解決策を創造する」という 2つの大きなダイヤモンドから構成され、「発散」と「収束」という 2つの反復ステージから構成されています。それぞれの課題・解決策に対して発散と収束を繰り返すことで、解決すべき点や、解決方法を適切に定めることができます。


「ダブルダイヤモンド・モデル」の実践図
(図:特許庁『「デザイン経営プロジェクト」レポート』より)

デザイン経営の実践ステップ

ステップ1.ユーザー調査
最初のステップでは、まずユーザー調査を通じてユーザーに対する共感と理解をする必要があります。調査方法は、ユーザーへのインタビューや行動観察調査、アンケートなどがあげられます。デザインを軸としたビジネスづくりでは、ユーザー調査を通じて人の感情に関わるニーズや潜在ニーズにアプローチすることでユーザーからの共感を得ることができます。

ステップ2.課題の抽出・解決案の考案
ユーザー調査で得た情報を統合・分析して課題を抽出します。調査から導かれた具体的なペルソナ像を設計し、情報を届けたいターゲットの設定をします。ペルソナ像を設計できたらカスタマージャーニーマップを作成し、ターゲットも目的や行動など一連のユーザー体験を描き、フェーズごとのユーザーが抱く感情や行動を仮定していきます。

ステップ3.解決案のアイディア出し
次に定義した課題に対する解決案を初期仮説として考えていきます。ここではブレインストーミングを行い、実施できるかどうかに関わらずより多様なアイディアが得られるようディスカッションを進めていきます。

ステップ4.プロトタイプの作成・ユーザーテスト
課題の抽出と解決案のアイディアが出たところで、実験的なステップに入ります。解決策の選定は、ユーザーの課題を満たすものは何か、ユーザーインサイトにアプローチできるものは何かを吟味した上で絞ります。
次に仮定したアイディアをプロトタイプに落とし込んでいきます。出来上がったプロトタイプは実際にユーザーに試してもらうことで、ユーザーの気づきを反映し、早期改善につなげます。プロトタイプの作成とユーザーテストを繰り返し行っていくことで、解決案の精度を高めていきます。

ステップ5.繰り返す
解決案の精度を高めるためには、観察・仮説構築・試作・再仮説構築を反復的に行うアジャイル型のプロセスを踏んでいきます。

デザイン経営の効果

創り出された企業理念に紐づいたデザインを打ち出しブランドの価値を高めることができている企業は、S&P500全体と⽐較して過去10年で2.1倍成長しているというデータが出ています。その他の調査を⾒ても、「デザイン経営」を⾏う企業は国際社会で高い競争力を持って企業経営ができている結果が数字に表れています。


(図:2018年 経済産業省・特許庁『「デザイン経営」宣⾔』より)

デザインと経営の融合で差別化を図るグローバル企業が増える中、日本でも経営陣にCDO (Chief Design Officer) や CCO (Chief Creative Officer) を配置し、デザイン領域に長けた人材をアサインする企業も出始めています。たとえば、自動車メーカーのマツダの前田育男氏は、デザイナーから常務となりデザインに精通した経営陣です。

デザイン経営の事例

Apple

iPhoneやApple Watchなど、次々に新製品をリリースするAppleは、デザインのキャリアをもつ経営陣が多く在籍し、デザインドリブンな経営をしてきたことで有名な企業です。プロダクト先行の20世紀には倒産寸前まで陥っていた同社は、スティーブジョブスのデザインへのこだわりと革新的なプロダクト開発によって復活を遂げました。Apple製品のデザインを担ったジョナサン・アイブは、デザイナーから上級副社長になり経営にも携わっています。
1998年にリリースされた初代iMacは、まさにAppleを急成長に導いた製品です。当時のパソコンのデザインは四角く、カラーはベージュが主流でしたが、初代iMacは丸々したフォルムにグリーン、オレンジ、ブルーなどのスケルトンカラーを使用したものであり、パソコンのイメージを覆しました。iMacは瞬く間にヒットし、WindowsユーザーがMacユーザーへと乗り換えが続出しました。iMacをリリース後、MacBook、iPod、iPhone、iPadを次々と発売を開始し、iMacは2021年に至るまで7代にわたってデザインのリニューアルがされています。
Appleがデザインにフォーカスを当て続け成功した要因には、ユーザー目線のプロダクトづくりにあります。スタイリッシュさや可愛さと言ったデザインとデザイン、機能において余計な要素はそぎ落とした使いやすさの要素が組み込まれ、ユーザーのニーズを追求してきました。その結果、同社の製品には多くのファンが定着し、世界中のユーザーから共感を得ています。
2018年には時価総額がアメリカ企業として初となる1兆ドルを達成、1年後には2兆ドルを突破しました。その後も飛躍的な成長は続き、世界を代表する企業としてその後の躍進も加速しています。

ヤフー

ヤフーはインターネット業界の発展とともに成長してきましたが、創業時から、ユーザーファーストを会社理念として大切にしてきました。そのため、日本で「デザイン経営」という言葉が定義される以前からデザインに対するこだわりを持ってサービス展開を行ってきました。
同社のカルチャーの一つには、経営陣が自社のサービスを実際に使い、社内へフィードバックするという取り組みがあり、ユーザー目線での使いやすさを追求してきました。そのため、自然にデザインにこだわりを持つ文化醸成ができていました。
多数のサービスを展開する同社では、複数サービスを利用する際の横断的な体験や、デザインにおける「ヤフーらしさ」をより自然にユーザーに提供することを大切にしています。そのため、「ヤフーらしさ」を明文化した「Yahoo! JAPANデザイン原則」を策定し、全社をあげてデザイン力を駆使したブランド価値の向上への取り組みを行っています。
たとえば、デザインの考案については、各サービスのデザイン責任者やプロジェクトマネージャーが中心となり決められますが、重要な決定事項については、現場だけではなく経営層も一緒に判断を行っています。全社で統一したルールを設け、重要なデザイン変更は役員会を通さなければ変更を認められません。
採用においては、毎年デザイナーを採用しています。社内制度においては、新入社員にはデザイナーに特化した研修制度が用意されています。既存社員向けにもデザイナーには自身の技術力向上を図るための学習支援制度があり、自分の裁量で学べる環境があります。デザインやUI・UXにおいて長けた人材には「黒帯」と呼ばれるエキスパートの役職が設けられています。
同社ではデザインに関する取り組みが評価され、経済産業省と特許庁が表彰する令和3年度「知財功労賞」での「特許庁長官表彰」において「デザイン経営企業」を初受賞しています。

サイバーエージェント

インターネット広告事業や投資育成事業など多様な事業を展開しているサイバーエージェントでは、PCからスマートフォンへとサービスがシフトするタイミングでデザインの重要性を再定義しました。それまでデザイン力がいかにサービスの成長に寄与してきたかなどこれまでの功績を踏まえて、アプリ開発においてもユーザー目線でUI/UXなどクリエイティブに注力しました。
クリエイティブをより強化していくためには、デザイナーやエンジニアといったクリエイティブ職だけではなく、ビジネス職も巻き込み、全社をあげてクリエイティブに関する社員の意識醸成が必要でした。同社では、クオリティ強化のため、デザイナーの採用・育成の精度を高め、クリエイティブ戦略を統括する部署(クリエイティブ統括室)を新たに設置しました。また、意識変革を促すため、インパクトが強いロゴとコーポレートキャラクターのリブランディングを実施しました。以前は使用の自由度が高かったロゴやキャラクターでしたが、その希少性を高めるため、使用時はすべてクリエイティブ統括室への承認を得る取り決めをしました。このようにクリエイティブ統括室では、現場と経営層とのハブとなって意識改革を推し進めました。
取り組みの結果、サービス作りにおいてクリエイティブの重要性が再定義され、クリエイティブを経営に生かそうという意識醸成が生まれました。実際に現場のデザイナーがチームを牽引して経営層に提言をすることも増加しました。また、クリエイティブ職特有の言語や考えがビジネス職である営業などにも派生し、営業先で質の高い商談が実現したり、数字だけでは説明のつかないデザイン的な意見にも耳を傾けるようになったりするなど社内全体でクリエイティブへの意識が向上しました。

まとめ

多種多様なモノに溢れ、企業競争が乱立する現代の経営において、クリエイティブはかかせない要素になっています。企業のあり方をクリエイティブで表現し、社会に共感を得る仕組みを作っていくことが重要です。デザイン思考を意識してユーザーニーズを捉えるデザイン経営の推進は、ブランド構築に限らず、新たなビジネスチャンスを掴むことにもつながります。デザイン経営を正しく運営するためには、全社をあげてデザイン思考を意識し、高度デザイン人材を育成する必要があります。デザインの重要性を理解して、クリエイティブの力で企業価値を上げる取り組みをしましょう。

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